2006年09月23日

水俣病 長文

高台にある教会のふもとにあった花。

DSC04352.jpg

今日はレッスンを受けてきました。ようやくパイプオルガンで音楽をする感じがつかめてきたか。


その後、友人が関わっている「水俣・和光大学展」に町田の鶴川まで行ってきました。

DSC04353.jpg

一人芝居「天の魚」を見るためだ。

●一人芝居「天の魚(てんのいを)」
http://www.tennoio.jp/
●janjanの記事「水俣と日本のもやいなおし  一人芝居「天の魚」と水俣・和光大学展」
http://www.janjan.jp/culture/0609/0609191415/1.php


私の中での「水俣」は母の実家、鹿児島は枕崎に特急「有明」で向かうときに途中で止まる駅、というイメージであった。車窓にひろがる灰色の町並みに感じた不吉さと暗さは未だに明確に覚えている。



それから20年以上たって、友人との縁で、あらためて「水俣」と出会うことになった。

芝居を見る前に一時間ほど展示を見た。あまりの内容に足が止まる。

水俣病が始まったのは、次期首相になる安倍某の祖父にあたる岸首相時代。
日本の朝鮮侵略をささえたチッソという財閥による殺人と生活の蹂躙が、政治と行政、そして無言の市民によって30年近くにわたって隠蔽され、ごまかされ、現在においてもそれは、患者認定という場で、医者の協力のもとごまされ続けている。という内容。全然、終わってないのだ、水俣病。

そういう「偉い人たち」の救いがたい人間への蔑視と、それを支える資本主義、それを享受する私。

学生だろうか、若い人たちが大勢、熱心に見ている。それがホントに心強かった。忘れるなよ!


チッソ株式会社HP
http://www.chisso.co.jp/index.asp
にある
「はじまりは、いつもチッソから
 チッソの歴史は我が国の化学産業の歴史でもあります。」

という言葉。絶句するほどの暗喩。

しかしなんと、このHPには水俣病への言及は見つける事ができなかった。

「チッソはおかげさまで創立100周年を迎えました」

チッソは化学肥料に端する素材、原材料企業だ。
「私たちの日常生活には、チッソの製品が様々な用途で使われています。」
アメリカ産牛肉と違い、我々に選択肢はないのだ。つまり殺人企業の製品に意図せず享受せざるおえない私、ってわけです。

士郎正宗のマンガに「アフリカの貧困は我々のせいだ」みたいな事が書いてあった事を思い出す。資本主義というのは結局そういう事なんだろう。



Wikipediaでの「水俣病」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E4%BF%A3%E7%97%85

に、
「水俣病公式確認から50年目に当たる2006年4 月30日、水俣病慰霊の碑が完成した。碑には認定された犠牲者314名の名簿が納められた。毎日新聞社の記事によると名簿に名を刻まれた犠牲者は、未だ絶えない差別を恐れた遺族の意向で全体の2割にとどまった。これは水俣病が与えた社会的影響が未だ解決には程遠い事を示している。

政府は水俣病に対して積極的な解決を図ることをアピールしているが、認定基準を改めないなど実質的な進歩は見られない。」

と、あった。強者、弱者の構図。
もー、うんざり。自分の中にある差別したがりな弱さにも改めて直面し、うんざり。


一人芝居「天の魚」は素晴らしかった。
「 1979年の初演以来、92年に病床に倒れるまで、全国で公演566回を数えた砂田明の舞台。砂田を師と仰ぐ俳優の川島さんが、その復活に挑みます」
ということである。

566回やった公演というものの重みというものは想像がつかない。劇団四季とは訳が違うのである。でも、川島さんの舞台はそういう重みに立ち向かう、受け入れる、そして伝える、という力強さに満ちていた。
砂田さんの舞台を見てみたかった、とも思うが、もう見れないのだ。川島さんの「不知火座」は来年も公演するそうだ。見に行こう。



闘う、という事について考える一日でした。
明日も一人芝居「天の魚」は和光大学であるそうです。ここでは最後の公演。
23日(祝) 午後6時30分開場、7時〜8時30分

posted by やまぐち at 02:20| 埼玉 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | 日常雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
闘う・・水俣病患者は今でも闘っているのですね・・・

偶然的に何も無く生きてる事に感謝しつつ、行政の無力、メーカーの無責任さ・・考えますね。
Posted by ヒコット at 2006年09月23日 15:36
水俣病患者は今も闘っています。理不尽な対応で時間を引き延ばし、患者が死ぬのをまっている行政や政府と。

資本主義って要は資本家がなんか商業をやって労働賃金の上前をはねる、って事だと思うんですよ。
お金の価値が至上の社会では資本家なしでは成り立たないシステムなんですよね。だから社会が資本家をたよっちゃう。「労働の供給を生む」みたいな評価をされる。労働力を提供している人は中間マージンを搾取されてるのに…。

共産主義はその矛盾を「公平」に、というキーワードで変える事ができると思った。問題は「公平」では人の意欲が燃えない、って事ですよね。さらには「公平」の監査をする事が難しい。みんな自分の事しか考えないですから。監査がなければそういうシステムでは行政権のある人が私利私欲に独走してしまう。今の日本のように。

難しい…
Posted by やまぐち at 2006年09月23日 23:53
look乗りです。実は私も鹿児島が田舎です。水俣に隣接している出水やその隣の阿久根など海がすごくきれいなんですよね。水俣病のイメージからだと変な話なんでしょうけど。諫早湾訴訟の仕事で一度水俣の訴訟記録をみたことがあります。何が真実なんでしょうか。イメージやマスコミから出される情報とは違うところにあると思います。

話は変わりますが、昨日も早朝、物見山方面に走りに行ったのですが、だいぶ肌寒くなってきました。今度、走りに行かれるときは是非ご一緒させてください。
Posted by 14 at 2006年09月24日 11:24
「天の魚」スタッフのスーです。やまぐちさん、先日は遠いところをありがとうございました。
かく言う私も、今年になるまで、水俣のこうした現実をはっきりと認識してはいませんでした。知れば知るほど、50年以上も前にこれほど恐ろしいことが日本で起き、強者がそれを隠蔽し市民が加担してきたということに戦慄の思いがしています。

このことに「闘う」姿勢を貫く人もいますが、父親が劇症患者で狂死し、本人も水俣病である緒方正人さんという方がいます。この方のすごいのは、多くの政治家が次々交代していく中で、長期に渡る裁判を見続ける中で、自分はこの枠組みの中で例え勝訴しても救われないと患者認定申請を取り下げてしまうのです。自分が望むのは補償金をもらうことではなく「人間に出会いたい」ということ。そして長い思想遍歴の末、「自分自身もチッソであった」という悟りを得るに至るのです。自分が気づかずに過ごしている毎日も実はチッソの人間と変わらない、一つ間違えば自分がチッソになっていたかもしれない、というのです。一度お会いしましたが、天才的な方でした。その緒方さんが、今なさろうとしていることは、「人間をみつけること」「祈ること」「表現すること」なんです。
私が「天の魚」の芝居に関わりたいと思ったのも、こういう方のお話を聴いたからなんだと思います。
最終日の舞台はさらによかったと思います。
ぜひまた江戸川区のほうへ来られるのをお待ちしています。
ひとさまの日記に長文失礼しました。
Posted by スー at 2006年09月24日 13:30
14さん
ども〜。私の母の実家は枕崎で出水や阿久根には行った事が無いんですが、あの辺の海はホントにきれいだそうですね。「天の魚」を見ていても、それを感じました。真実は結局のところ当事者にしかわからないのだとは思いますし、当事者ごとに違うのだろうと思います。とりあえず、知らなすぎた自分、知る事のできた事、まだたくさん知らない事があるんだろう、と思っています。

私も今日は朝から走ったんですが、寒かったですね!ぜひ、ご一緒させてください。私のメルアドはmojokあっとまーくuhauhamusic.netです〜、走るときはぜひ、声をかけてくださいまし。
Posted by やまぐち at 2006年09月24日 21:49
スーさん
その方、素晴らしいね。暴力にさらされた人がそういう心境になるのは、本当に難しいと思う。頭ではわかっていても、わたし自身もしくは、大切な人がそういう暴力におかされた時に、そういう風になれるかまったく自信がない。まあ、それは誰でもそうだろうけど。

「人間をみつけること」というのは、どんな人の中にも「人間がいる」という事なんだろうか。

江戸川は来年だよね。楽しみにしてます。
Posted by やまぐち at 2006年09月24日 21:55
うん、そうなんです。自分の身にこれほどのことが起こって果たして緒方さんのような心境になれるだろうか、と。だからこそ、水俣に向き合うことというのは私にとってたまらなく苦しいけど魂が震えるような感動ももらうんです。
「人間に会いたい」というのは、訴訟や認定申請という常にシステムだけを相手にすることの虚しさに気づいていったということでしょう。結局「じゃあいくら欲しいんだ」という話でしかない。そうじゃないんだ、と。人間として、自分たちが受けた苦しみを考えてほしいんだということだと思います。そういう「人」に出会いたいんだと。
Posted by スー at 2006年09月24日 22:30
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